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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10088号 判決 1992年1月31日

原告 第一松竹タクシー株式会社

右代表者代表取締役 尾林英雄

原告 古山勝太郎

右両名訴訟代理人弁護士 永島寛

被告 今村貞子

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

一  原告らは、「原告らは被告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく不法行為を原因とする損害賠償債務は原告ら各自について一〇万三六〇〇円及びこれに対する平成元年七月六日から支払済まで年五分の割合による金員支払債務を超えては存在しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、次のとおり請求の原因を述べた。

1  被告(昭和九年一月一九日生)は、別紙交通事故目録記載の交通事故(以下、「本件交通事故」という。)によって頸椎捻挫等の傷害を負ったものであり、原告第一松竹タクシー株式会社(以下、「原告会社」という。)は本件交通事故を惹起した原告古山勝太郎(以下、「原告古山」という。)の使用者である。

2  本件交通事故の発生

本件交通事故が発生した。

3  本件交通事故の原因は、原告古山が本件交差点に進入する際に右側から走行してくる自転車の動静に注意して進行すべき注意義務を負っているのに、これを怠り漫然と本件交差点に進入したためである。

4  原告古山は民法第七〇九条による損害賠償責任を負い、原告会社は民法第七一五条乃至自動車損害賠償保障法第三条により損害賠償責任を負う。

5  被告は、本件交通事故により、京北病院に頚椎捻挫・腰部右股部挫傷・右手挫傷の傷病名にて平成元年七月六日より平成二年七月六日まで通院(通院実日数一四日)し、京北病院において平成二年七月六日治癒となった。

6  被告は、本件交通事故により左記のとおり原告らより合計二五万八七〇〇円相当の損害を受けた。

(一)  治療費 一五万五一〇〇円

但し、平成元年七月六日より平成二年七月六日まで(実日数一四日)の京北病院への通院治療費

(二)  休業損害 〇円

被告は「ホテル草月」という名称の所謂連れ込みホテルを経営しているとのことであるが、被告は確定申告をしておらず、その他の収入を証する資料もなく、更に被告が本件交通事故により休業したことを証する何らの資料もないので、被告の休業損害は存しない。

(三)  慰謝料 一〇万三六〇〇円

7  損害の支払

原告会社は、京北病院に一五万五一〇〇円を支払い済である。

8  従って、原告らが本件交通事故により被告に対して負担している損害賠償債務は一〇万三六〇〇円となる。

9  原告らは、被告に対しこれまで本件交通事故による右損害賠償債務の支払受額等につき交渉を重ねてきたものであるが、被告は、その収入を証する何らの合理的資料を呈示せず被告の損害賠償請求債権が多額にある等と主張して全く応じようとしない。

10  よって、原告らは、本件交通事故に基づく損害賠償債務について、被告に対しては一〇万三六〇〇円を超えては負担していないので、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  被告は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対し、次のとおり述べた。

1  請求の原因1、2の各事実は認める。

2  同3の事実は否認し、法津上の主張は争う。本件事故は、被告が自転車に乗車して歩道上に停止中、原告古山が前方不注視の過失により衝突したものである。

3  同4は認める。

4  同5の事実のうち、平成二年七月六日治癒との点を否認し、その余は認める。原告は京北病院への通院が不便なため金地病院へ転医し、通院している。

5  同6の事実は知らない。

6  同7の事実は認める。

7  同8、9は争う。

三  当裁判所の判断

1  不法行為に基づく損害賠償債務の一部不存在確認訴訟においては、貸金債務の一部不存在確認訴訟におけるとは異なった考慮が必要である。即ち、貸金債務の一部不存在確認訴訟においては、ある一定額の貸借の有無、ないしはそれを提とした弁済の有無ないしその額が争われるのが通常であるが、これらの争点に関しては、裁判所は、被告の主張した消費貸借成立の日時や額の、あるいは原告の主張した弁済の日時や額の、それぞれの存否について判断すれればよく、裁判所が被告の主張した消費貸借額の、原告の主張した弁済額の、それぞれの範囲内で自由に認定することができるという意味での裁量の余地はない。即ち、原告がある一定額を超えた債務の不存在の確認を求めたときに、被告が存在するとして主張する現在の消費貸借額と異なるときは、裁判所は、いずれの主張が正当であるかとの見地から判断するのであって、原被告の主張する消費貸借の差額のうちどこまでを認めることが相当であるかとの見地から判断するのではないのである。しかし、損害賠償債務の一部不存在確認訴訟においては、損害額の算定に関しては裁判所にかなりの裁量が認められており、しかも、相当な治療期間や症状固定時期のような医学的判断を要する事項についても医師により見解が異なることもままありうることからするならば、加害者側である原告は勿論被害者側である被告においても、その損害額を正確に把握することは困難である(それゆえに、当裁判所は、本件の訴額の算定が不能であると扱ったのである。)との特質があるのであって、このような特質を考慮するならば、損害賠償債務の一部不存在確認訴訟においては、貸金債務の一部不存在確認訴訟とは異なり、被告の対応に応じて原告の主張する不存在額を超える損害が生じているかどうかだけを判断し、損害が原告の主張する損害を下回っているときはその請求を認容し、超えているときは請求を棄却することで足りるものと解すべきである。そして、このように解しても、請求棄却判決は、原告が主張する以上の損害が生じているということに関して既判力を生ずるのみで損害額そのものを確定するものではないから、被告は改めて損害賠償の請求をなしうるし、原告はその際に応訴すればその権利を譲りうるのであるから、格別当事者に不利益を与えることもないのである。

2  請求の原因12の各事実、及び同5の事実のうち、京北病院で平成二年七月六日治癒となったとの点を除き、当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨によると、同6の事実のうち、被告が「ホテル草月」を経営していることを認めることができる。

ところで、被告は、現実に生活していることからするならば、ホテル経営により何がしかの利益を得ていると認められるのであり(だからこそ自庁調停においても調停委員会案で休業損害が認められているのである。)、本件交通事故による通院治療のために就労できず、休業損害を生じたことは明らかというべきである。

従って、休業損害は生じていないとする原告の主張は認めることはできない。

四  結論

以上のとおり、原告の本件請求はその主張する以上に被告に損害が生じていることが認められるので、被告の具体的損害額を認定するまでもなく理由がないことに帰するのでその訴えを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 長久保守夫)

<以下省略>

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